2016年10月4日
10月8日(土)運動会が開催されます
今週10/8(土)は運動会です。走る、跳ぶ、跳ねる、踊る。幼児期は身体能力が飛躍的にのびる時期です。また、幼児期にからだを動かすことが楽しいと知ると自ら進んで運動するようになります。一貫してテーマが流れる交響曲のような運動会を目指して7年。今年のテーマはWA。和風の和・なかよしをあらわす和・リングの輪・びっくりのわっ・・・・。いろいろなWAの伏線を回収してください。子どもたちがぐぐっと成長する瞬間をお見逃しなく!未就園児競技は11:00頃から、卒園児競技は12:45頃からです。どうぞご参加ください。↓プログラムです。A4サイズの巻き三つ折りです。
(保護者がホームページにお子さんの顔写真を載せない意思表示をされている方はぼかしをいれてあります。)
2016年9月21日
10月2日(日)新里町民体育祭に出場します
桐生市新里町は、勢多郡新里村の時代から毎年地域の体育祭が催され、町内の幼稚園・保育園が輪番で演技や遊戯を披露しています。今年はのびのび幼稚園が参加の年となりました。そこで、年長きりん組と年中うさぎ組で、園の運動会でも評判のよいパラバルーンの演技をお見せすることにしました。今日9月21日は、初めての現地練習。新里総合グランドで入退場と演技の流れをおさらいしました。
10月2日(日)、桐生市総合運動場(新里総合グランド)で11:40より出場予定です。みなさんおいでになり、応援お願いいたします。新鮮な出し物で、楽しんでいただけることと思います。(バルーンを広げた写真は、当日までのお楽しみでナイショとさせていただきます(^^)
2016年9月7日
あげはのさなぎ
ここは新里。自然にあふれた土地柄、それを保育に生かさない手はありません。これは園児がお家から持ってきてくれた幼虫がさなぎになったところ。ほんものに間近で触れるチャンスです。今、教育番組などできれいでわかりやすい映像で自然を紹介することが多く、教頭も大好きで見入ってしまいますが、ほんものには違う味わいがあります。んん~、うまく言えませんが、子どもたちは当たり前におもしろがり、ミラクルは日常です。テレビやDVDの番組はちょっと感動を演出しすぎているかもしれませんね。自然に触れる機会が少ない地域に住んでいる人たちにとってはぜいたくな体験なのでしょう。(保護者の方は、写真館もご覧ください。7/11に孵化したキアゲハと居合わせたたちの様子を載せています。)
2016年7月4日
はぴばーすでい、先生
6/25は水出先生の誕生日でした。(何回目かはトップシークレットだそうです。)素敵なカード、でもこれは4歳児うさぎ組副担任の千明先生と学級補助の高橋先生の計画したサプライズなのです。水出先生に内緒で子どもたちがこつこつと絵を描きため、ひとつのバースディカードが完成しました。こういった楽しい内緒ごとは、子どもは秘密にしておけないのが常ですが、なんと、今回水出先生は週明けの27日月曜日に渡されるまで全く気付かなかったそうです。みんな、口が堅い!
渡す時も、「水出先生をびっくりさせようね」と千明先生が言うと、あわててピアノの陰に隠れておどかそうとした子がいたとか。(^^)驚かすと脅かすは違います。
水出先生感激!そして、誕生日当日ディズニーランドで過ごして、いろいろお祝いされて楽しかったことを子どもたちに披露すると、誰といったの?との質問が。先生が「友達」と答えると高橋先生から「今度は恋人といかなきゃ」との茶々が入り、水出先生が「ええ~、でも今いないからなあ。だれかいい人いない?」と返すとOくんが「僕がいっしょに行ってあげるよ。」「結婚してあげる」とも。突然のプロポーズに水出先生は『先生』の顔で「うれしい♥」といった後、ちょっと考え込み「ごめん、やっぱりOくんが大きくなるまでは先生待てない。」哀れOくんは2秒で振られてしまいました(T_T)。一回くらいでくじけるな、Oくん。女性が年上の年の差婚はいまや常識だっ。
2016年7月4日
正しいこと理不尽なこと
長文になるので、文章を読むのが好きな方だけお読みください。
先月、4月に中学に進学した卒園生のY君がお母さんと園を訪ねてくれました。新しくなった園舎にびっくりしていましたが、担任だった先生たちに会うと、顔をほころばせて近況を話してくれました。その中で、小学校時代のつらかった一時期の体験にふれて「のびのび幼稚園では、基本的なことをきちんと教えてもらった。いやなこともあったけれど、ぶれずにこうして中学進学を迎えられたのは園生活があり友達がいたからです」とおっしゃってくれました。その言葉に、深く考えさせられてしまいました。毎年、小学校に進学し、不適応気味になる卒園生の話を聞くからです。
幼児にとって、小学校進学は大きな環境の変化です。慣れ親しんだ環境から全く違うリズム、全く違う内容の学びのなか生活していかなくてはなりません。たいていは楽しめることばかりですが、そんな中で影響が大きいのが、園でいけないとされていたことを平気でする友達に出会うことです。
たとえば「気に入らないことがあっても、ぶったりけったりしてはいけない」というルールがのびのび幼稚園にあります。気に入らないことがあったら、言葉で伝える。相手の言い分も聞く。そして分かり合えれば言葉で伝えあう大切さに気付き仲よくなれる。それは一朝一夕に身に付く態度ではなく、たくさんのトラブルと葛藤を通じて得られるものです。そしてトラブルに対して、保育者は見守り必要に応じて助けをいれる、それは園では当たり前の生活です。が、小学校に入学してすぐ、ちょっと気に入らないことがあったと身近な友達にキレられて蹴られたら、それはショックでしょう。
しかし、世の中は理不尽に満ちています。正しいことがそのまま通るばかりではありません。中学二年生の卒園生の集いで「もうみんな、『学校の人とみんな友達、みんな仲よく』なんかできないって、気づいてるでしょ?」と問いかけると、参加者は苦笑いします。「気に入らないことがあったとき暴力で返さない」は正しいことではあるけれど、園を出て、これからそうした学びをする必要がある友達がいる現実に直面するのです。
重度の自閉症があり会話はできないけれど、文字盤ポインティングやパソコンでコミュニケーションがとれる東田直樹さんは著書の中で次のように述べています。
『人の心は複雑にできています。~中略~正しさがいつも、世の中を動かすわけではないのです。いろいろな矛盾も含め、多くの人たちの意思でこの社会は成り立っています。』(飛び跳ねる思考:イーストプレス2014発行)
その通りだと思います。「みんな仲よく」も「できない子をおいていかない」も、「先生が話し始めたら集中して聞く」も園ではあたりまえのことですが、色々な要因で幼児期に学べないお子さんがいます。それは誰のせいでもありません。それを「そっちが悪い」と糾弾する権利は誰にもないのです。
そうであれば、正しいことが正しく通る環境は、無意味なのでしょうか。世の中は理不尽さに満ちた弱肉強食の世界だから、幼稚園もそれをわからしめる場所のほうがいいのでしょうか。・・・・のびのび幼稚園にはその選択肢はありません。子どもが仲間を大切に思い、努力の尊さを信じられ、「この世の中って、捨てたものではない」という思いをもてる、そんな場所でありたいと思います。卒園生の集いでは次のように続けます。「みんなの中には幼稚園の記憶がない人もいるかもしれない。でも、記憶にないことこそ糧になっている。自分が大切にされ幼稚園が楽しく居心地がよかったこと、そうした時間を過ごした人間の方が強いよ」と。先ほどの中学生のY君のお母さんは、「意地悪をしてきた子は、結局誰にも相手にされなくなってしまった。自分は悪くないと信じられたことがこの子を救った」とも言っていました。
自分の常識外の行動をする人との遭遇は、「多様な他者」との出会いであり、自分の価値観を広げるきっかけにもなるものです。傷つき過ぎずに、どう理解しどう対処するか・・・これも勉強なのかもしれません。
幼稚園は守られた社会かもしれない。そこを巣立ったとき、きっとつらいこともあるでしょう。理不尽さが通る現実もきっとみるでしょう。そんな時、「正しいことが正しく通ることを知っている」ことは、辛さの中でも生きる支えになるのではないでしょうか。そして、願わくば理不尽さに対抗する温かく強い力となってほしいとも思います。
でも、いやなことがあったら先生に教えてね。助けにいくよ。
読んでいる方はどう考えますか?(文責・教頭 須田)
2016年7月4日